
たいようです。
今日は節分ですね。
鬼も〜内♪ 福も〜内♪
さて、さて、早速、昨日行きつけの「お酒がどっさりある酒蔵さん」寄ってみました!
もっともこの酒屋さんとの出会いですが!
私が、はじめてお店に行った時、玄関先にお酒を発送する宅急便が、いっぱいだったので、
思わず(笑)「も〜かってまんな〜♪」が、私の挨拶でした!(笑)
おかみさんも、その言葉に動じるような方ではなく、きもったま母さんってな感じ。
もちろん、すぐに仲良しになりました!
行くたびにサービスもしてくださって、ありがたいの!
昨日、お店に入っていったら
「福山さんが来たのよおおお!!!」
って!!!
「でしょお!!!ラジオで、こちらの酒屋さんの宣伝しまくってましたよおお!!!」
って盛り上がる!盛り上がる!(笑)
5人くらいでお店に入って来て、彼は3本買ったそうです。
とっても氣さくな好青年だったそうな!
下田での撮影は、来週に放映されるようです。
明治維新のスタートは、ナントこの「下田」からと言っても過言ではないほど、重要なところ
だったようです。
いろんな意味で(笑)楽しみで、ワクワクは節分だったとさ。
さあ。
時代の大きな節目を迎えましたよおおお!!!
めちゃ!うれしい!!!
http://www.tutitatu.com/
(お酒がどっさりある酒蔵さん〜つちたつ酒店のHPです)
ごひいきにしてあげてね〜♪
ツイてる ツイてる ありがとう
【おまけ】下田と龍馬(明治維新)の関係性は、こんな感じです。
龍馬と山内容堂と勝海舟の会談で土佐脱藩が許された場所 ”宝福寺”。
文久3年(1863年)1月。第15代土佐藩主、山内容堂の乗った大鵬丸と、勝海舟を乗せた幕府軍艦・順動丸が、嵐により風街ち港”下田”で偶然鉢合わせたことがきっかけです。
先に宝福寺に滞在していた容堂は、海舟を宴席に招きました。
そこで海舟は、坂本龍馬の脱藩の罪を許してくれるよう容堂に懇願しました。
お酒が飲めない海舟を知った上で、容堂は大杯にお酒を注いですすめます。
それに対し、なんと海舟は一気に飲み干したのです。
それを見た容堂は脱藩の罪を許しますが、さらに粘り強い海舟は、その証が欲しいと求めました。
そして、容堂は白い扇に自らの号を書き、海舟に渡したとされ、このことをもって龍馬は免罪されたのです。
当の龍馬は下田市内の宿に泊まり、許しが出るのを待っていたようです。
その後、勝海舟と龍馬は蝦夷の今後の開発についての夢をここ下田で語り合いました。
宝福寺は「龍馬飛翔」の原点となり、ここ下田から維新回天の活躍が始まったのです。